恋の予感は天変地異? 前編


 眠れない。眠ることさえ億劫だ。
 金曜日の夜だから今日は夜更かししても良いのだろう。だが俺にそんなことは許されない、明日は絶対に回避してはならない、重要な出来事があるからだ。

 一度布団から抜け出す。夜の冷たい空気が、火照った体に気持ち良い。そのまま窓へと歩み、窓の外を見る。
 当たり前かもしれないが、いつも通りだ。いきなり街が水浸しになっていたり、未来のアンドロイドに街が占拠されているなんてこともない。

「……ふぅ」

 普段なら何とも思わないだろうが、今日ばかりはこの風景に安堵感すら覚える。
 段々と体が冷えていったので布団へ舞い戻ったが、心臓は労働基準法を無視しているかのように動き続けている為、なかなか眠れなかった。

 何となく、これが恋をしているという感覚なんだろうか、おおよそ的外れだと分かっていてもこんな考えを思いついてしまう。もう末期かもしれない。
 ……さて、何故俺がこんな状況に陥っているか。それは、約三時間遡ることになる。





 俺は先生の目を盗んでは睡眠を取るという、目隠しをしながら地雷原を渡り歩くに等しい高度かつ極めて危険な技術を長時間の任務遂行を完了し、
 その副作用で、最大限まで蓄積した脳疲労を癒すべく自分の部屋で夕食も済ませたので眠ることにした。

「今日もよくやった、真鶴直人(まなづる なおと)、君はよく頑張った」
 そう自分にエールを送って、少し恥ずかしくなったが次第にどうでもよくなって行った。極度の疲れと適度の眠気、この二つが防波堤をも飲み込む津波と化して俺の意識を乗っ取った。

 沈み行く意識の中、音もなく水の中に沈んでいく感覚を頭の片隅で感じていたが、


 ――― ららら〜♪ お前は黙ってこれを食え〜♪
       四の五の言わずに食って寝れ〜♪


 携帯電話がけたたましく、狂った着信音を声高らかに響き、意識が加速装置が発動したかのような勢いで覚醒してしまった。
 ちなみにこの着信音は片品すばる(かたしな すばる)という友人が、俺の携帯に無理やりダウンロード、加えて着信音に設定したものだ。

 この音楽自体は嫌いではないが、かなり大音量だ。寝ようとしている時はかなり厄介な着信音だが、近所から苦情が来ていないのが唯一の救いだな。

 携帯を引きずる、部活の連絡か、片品すばるに連行されるかどちらかだろう。……ちなみに、友達なのに連行とはどういうことか、それは後々分かるだろう。


 ――― ば〜らんす〜すぅぃ〜んぐ〜♪
        …… ららら〜♪

 などと考えている内に着信音が二週目に入った。このまま電話を無視するという選択肢もあったが、すばるの場合後が怖いので出ることにする。
 寝ぼけ眼で携帯を開くと、少し眠気が覚めた。その理由は単純なもので、

『六浦 小鳩』

 という、意外な人物の名前が記されていた。
 ちなみに、この六浦小鳩(むつうら こばと)というのは俺の友人の一人だ。すばると似たような関係だが……まぁ、このことも後々分かるだろう。
 六浦と分かれば出ないワケにもいかない。緑色の通話ボタンを押した瞬間、

「出て出てよ出てよ出てよぉぉぉぉぉ!」

 ……
 危うく、切りそうになった。これは恐怖というものだろう、正直に言おう本気で怖かった。いつもは落ち着いて温厚な六浦が、繋がったことにも気付かない程に動揺している。

 この場合はまず落ち着かせることが大事だろう。
「……もしもし、六浦?」
 何気なく、差し障り無い言葉を選んだはずだ。だが、
「…………」
 むつうら こばと の へんじ は なかった。
 どうやら……どうなのだろう、まさか屍になっているワケじゃないだろうな?

「えぐっ……」
 と思ったら反応があった。だが、どうやら泣いているようだ。この前行った映画館で小学生に間違われた以上に悲しいことがあったのか?

「ど、どうしたんだよ、落ち着いて話してくれ、な?」
 出来るだけ和やかに言ったハズだ、間違いない。
 その証拠に、受話器から聴覚をすっ飛ばして直接脳へ罪悪感を植えつけるかのような嗚咽が次第に収まり、深呼吸するような音が聞こえた。

「ごめんね、ちょっと取り乱したりして」
 ちょっとか?というツッコミをするのは酷なのでしないことにする。
 落ち着いたようなので用件を聞くことにする。
「で、今回は何なんだ?六浦からかけるなんて珍しいな」
「あ……」

 再び間が訪れた。知らぬ間に地雷を踏んでしまったらしい。地雷原にしても地雷の数が多すぎるだろう、流石に俺でも対応出来ないぞ。
 ……いや、逆に考えて、六浦をここまで追い込んでいるものがある?何だ、知りたいけど知りたくない。けど。

「話したくないなら良いけど、話した方が良いと思う。
 その方が楽になれるしな」
 知らなければならない。という謎の使命感に駆られてしまった、反省はしていない。

「……落ち着いて、聞いて」
「あぁ、内容にもよるけど何とかするよ」
 更に間が空く。六浦は焦らすのがマイブームになっているのか?という推測をしていると、
「すばるがね」
「片品がどうかしたのか?」
 誘拐されたとか……ありえないな、逆はありそうだ。
 民間人に手を出してニョッカーに改造して警察に挑戦状を叩き付けた、とかではないだろうな。あいつの場合これが冗談にならないから怖い。

「……たかもしれない」
「? ごめん、ちょっと聞き取れなかった」
 受話器の向こうから再び深呼吸した音が聞こえる。それほど重要なことか?
 何となく『しかかも』というニュアンスは聞こえたので、ひょっとしたら本当に誘拐をしたのではないかと緊張感が走る。

「……こい、したかも」





「……へ?」
 聞き間違いだ、多分六浦の言い間違いだ、何らかの間違い、むしろ電話会社の陰謀だ。むしろ俺が間違いだ。

 だが、もし俺も、六浦も、電話会社の陰謀も何もかも無かったとしたら、一つの結論に辿り着くことになる。
「……すまない、状況を確認させてくれ」
「う、うん」

 一呼吸、置く。
 落ち着くんだ、心を乱さない限り勝利は確実。試合終了にはまだ遠い。いや、俺は一体何を考えているんだ。
 眠気はいつの間にかかき消されていた。それ以前にこの心臓の音で眠れそうにない。嫌な汗が額に滲む、鏡を見れば多分目は血走っているだろう。

「……」
 唾を飲み、深く息を吐く。出来るだけ落ち着いた口調で言おう。
「片品すばるが、
 恋をしたかもしれないと、
 そういうことか?」
「……そう」

 一瞬にして意識が吹っ飛び、カーテンを開けて窓の外を確認する。
 天変地異は起こっていない、何故だ、何故起こっていないんだ!
 いや、起こらなくて良いのか。違う、違うね!
 既に壊れているんだ!そうだよねおじいちゃ〜ん!


『勇者様! そこでムーンストーンを使うのよ!』


 神の声が、聞こえた。
「ッOK! サニーサイドアァァップ!」
「な、直人君落ち着いて!」
「孔明は居らんのか孔明は!」
「どうツッコめば良いか分からないよ!」


 ……この後、俺はこんな調子になってしまい、不覚にもまともに話すことすら不可能になってしまったが、六浦の努力と根所と鋭いツッコミにより、何とか俺は正気を取り戻した。
 だけど、これ以上刺激を受けると何かが壊れてしまいそうな予感がしたので、詳しいことは明日聞くことにした。

 ……もし、もしだ。もし本当に色恋沙汰なんてティッシュペーパーに付着している黒い粒程にしか思ってなさそうで、どちらかといえば人体実験、世界征服にしか興味がない。

 日々実験や世界征服に勤しんでいて、土日にたまに会う時にも白衣を着るのを何故か忘れない片品が恋をしたとしよう。

 何故俺たちに話さなかったんだ。片品、俺たちってそんなに頼りない存在なのか。
 そりゃ、俺たちは力になれないかもしれない。それでも、何となく悔しい。俺じゃなくても六浦でも話せば良いじゃないか。
 片品。……俺はお前を応援するべきなんだよな。それで、良いんだよな?


 そんな重々しい考えが、結果的に俺を冷静にさせたのだろう。
 アドレナリンの総量が減少して疲れが一気に出てきた。このまま眠れる、このまま眠ろう。

 明日は、今日以上に疲れそうだから、ゆっくり眠ろう。






 続き(準備中)

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